ロバート・ニーマイアーは、「グリーフセラピー(悲嘆療法)」の分野で第一人者とされる臨床心理学者です。キャリア心理学とはあまり関係なさそうなニーマイアーが、なぜサビカスに影響を与えたのかと不思議に思われるかもしれません。実はニーマイアーは、アメリカ心理学会の心理療法ビデオシリーズで「構成主義者の心理療法(Constructivist Psychotherapy)」を担当しているほどバリバリの構成主義心理学者なのです。
ちなみにサビカスはこのビデオシリーズで「キャリアカウンセリング」を担当しています。2022年1月30日(日)開催の「サビカスのナラティブアプローチ実践講座」では、このビデオシリーズを引用し、サビカス博士のナラティブカウンセリングセッション動画をmunelaboオリジナルの日本語訳で視聴することができます。
心理療法ビデオシリーズについてはこちらでも少し触れています
Robert ・A・Neimeyer メンフィス大学心理学部の教授。喪失と転機のためのポートランド研究所(Portland Institute for Loss and Transition)所長として臨床実践も精力的に行っています。 主な研究テーマは死別・喪失・悲嘆に対する治療理論と治療テクニック、30冊以上の著書(共著を含む)と500以上の論文を発表。また、グリーフや死別に関する臨床心理学分野において、いくつかの学会※1の会長を歴任するなど優れた功績を持つ心理学者として高く評価されています。
※1:死についての教育とグリーフ・カウンセリングの普及を目指す国際的な活動機関 Association for Death Education and Counseling (ADEC), International Work Group for Death,(IWGD), Dying, & Bereavement
サビカスの著書「キャリア・カウンセリング理論 ―自己構成によるライフデザインアプローチ」では、ニーマイアーの文献5篇が引用されています。これはサビカス自身(10篇)、スーパー(6篇)についで多い引用数です。引用の内容は、マイクロナラティブとマクロナラティブ、キャリアストーリーインタビュー、メタファーの活用、キャリアカウンセリングがプロセス志向的であることなど。
ニーマイアーはVol.1で紹介したジョージ・ケリーと同様、心理構成主義(Constructivism)の研究者であり、ケリーから強く影響を受けた一人でもあります。ニーマイアーが提唱する「意味再構成理論」はグリーフの領域では非常に有名な理論です。「グリーフ(悲嘆)は喪失(死別、離婚、失業、自然災害、レイプ、身体疾患など)によって揺らいだ意味世界の再確認、あるいは再構成を必然的にもたらす」と考え、意味再構成を促すための支援方法を提案しています。
・喪失体験は人生につきものであり、避けて通ることはできないが、それをどう受け止めるか、どう対処するかには選択肢がある。
・人生での大きな喪失は危機ではあるが、自分自身や自分の人生を見直し、より充実して生きられるように、新たにやり直す転機と考えることもできる。
・その為には、喪失の意味を考え、何らかの意味づけをして自分なりに納得し、喪失を含む人生のストーリーを改めて生成する必要がある。
・人は、どんなに衝撃的な経験にも何らかの意味を見つけ、意味づけをする能力が生まれながらに備わっており、その能力を最も効果的に引き出すのが構成主義的な手法(ナラティブ)である。
サビカスは自身の著書や論文のなかで、私たちが人生で遭遇する困難について、しばしば言及しています。すなわち、人がキャリアの途上で予期しない失業や転機、トラウマを伴うような経験をした時には、アイデンティティをとり戻すために新しい意味の創造が必要となり、それをナラティブが促進するというものです。この考えはまさに、ニーマイアーの喪失による「意味再構成論」に通じるものです。
私自身が対応したキャリアカウンセリングの経験からも、キャリアに関する相談の中に喪失体験がリンクしているというケースは少なくありませんでした。そのことからも、キャリアカウンセリングに喪失の視点を加えることは、非常に有効であると感じます。
私は2006年から東京にあるGCC(グリーフ・カウンセリング・センター)と関わりを持ち、グリーフ支援者向けの研修やグリーグカウンセリングのサポートなどを行っています。GCC代表の鈴木剛子先生がニーマイアーの著書「Lessons of loss:A guide to coping. 〈大切なもの〉を失ったあなたに―喪失をのりこえるガイド」を翻訳したことから、ニーマイアーの「意味再構成理論」を教育・支援メソッドにし、15年に渡ってカウンセラー養成講座やカウンセリングなどを提供しています。
幸運なことに、私自身もGCCのワークショップを通じて、ニーマイアー博士から直接ご指導を受けることができました。その時のことを少しご紹介いたします。
ニーマイアーはワークショップの冒頭で、ご自身のグリーフ経験「12歳のときに父親が自死したこと、その後はアルコール依存になった母親を支えることが人生の全てとなったこと」を非常に詳しく、リアルに語りました。そのあとに続く「意味再構成理論」解説では、参加者へ積極的に質問することを奨励し、ニーマイアーも参加者に質問をする、というインタラクティブな形式で行われました。ニーマイアーの言葉で印象的だったのは、グリーフセラピストは普通の人であれば聴くに堪えない過酷なグリーフ経験を、「普通の人のようにではなく、専門家として徹底的に聴く」というものです。ワークショップの最後、話し合いの時間では、参加者の何人かが自発的に自分の深刻なグリーフについてアドバイスを求めたのですが、その時のニーマイアーの応答やアドバイスは、グリーフセラピーの神髄を感じさせる誠実さに加え、豊かな経験と知識に裏付けられたものでした。
ニーマイアーがこのワークショップで体現したカウンセラーの対等性や相互作用性、出口のない深い苦しみの中に再生の糸口を見つけようとする姿勢は、その日集った全ての受講者に勇気を与えるものでした。「クライエントの潜在的な能力や意欲を信じ、希望を掘り起こす手助けをする」というカウンセラーの姿勢は、グリーフに限らずキャリアにも共通する構成主義カウンセリングの重要な特徴です。私はそこに、大きな魅力を感じます。
ロバート・A・ニーマイアー(著) 鈴木剛子(訳)春秋社(2006)
GCC代表 鈴木剛子先生による翻訳。グリーフケアを必要とする方向けに書かれたとても読みやすい一般書です。
愛する人との死別、離婚、失恋、失業…。かけがえのないものを奪われた時、一体何ができるのか。斬新な理論と豊富な臨床事例から喪失の本質を見つめ、自分なりのやり方で一歩踏み出すヒントを満載した希望のガイド。心の混乱を整理する演習問題つき。引用:「BOOK」データベースより ※現在品切れ中ですが2022年3月に重版予定とのこと
ロバート・A・ニーマイアー(著) 富田拓郎・菊池安希子(訳)金剛出版 (2007)
グリーフ・カウンセリングについて、構成主義とナラティヴ・セラピーの知見を取り入れ、さらに社会心理学的概念を援用しながら包括的かつ実践的に述べたものです。死別、喪失、悲嘆といった問題にかかわる心の専門家、愛する人を失った後の人生の変遷に向き合う遺族を支援する臨床心理士、カウンセラー、ソーシャルワーカー、緩和ケアやホスピスの専門職の人々が現場で使うことのできる臨床書である。引用:「BOOK」データベースより
次回の「サビカスが影響を受けた構成主義心理学者」は、『嫌われる勇気』でご存知の方も多いアフレッド・アドラーを紹介する予定です。お楽しみに!
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https://munelabo.com/program/466/
https://munelabo.com/news/506/
https://munelabo-prg4.peatix.com/
本講座は2022年1月30日に開催・終了いたしました。