2023年5月13日(土)、柴田朋子氏と田中美和氏をゲストにお迎えして、宗方の拙著「キャリア心理学から読み解く 女性とリーダーシップ」の出版記念トークライブを行いました。
多くの方にお申込みいただき、74名の方がリアルタイムでの視聴に参加してくださいました。
宗方によるプレゼンテーション(第Ⅰ部)とゲストによる本書レビュー(第Ⅱ部)に続き、第Ⅲ部では宗方と柴田氏、田中氏の3名で「近未来の日本における女性とリーダーシップの展望」をテーマに討論を行いました。研究者と現場という異なる視点からの議論は非常に刺激的で、あっという間の1時間30分でした。ありがたいことにもっと聞いていたかったというご感想を多数いただきました。
リアルタイムでご参加くださった皆さま、見逃し視聴してくださった皆さま、ゲスト出演を快諾してくださった柴田朋子さま、田中美和さま、ミネルヴァ書房さま及び担当編集者Mさま、改めまして皆さまに感謝を申し上げます。
開催形式:Zoomによるリアルタイム配信
開催日:2023年5月13日(土)20:00〜21:30(開催終了)
概要詳細はこちら
第Ⅰ部 著者宗方比佐子によるプレゼンテーション |
本書執筆の動機・経緯、目的、構成、特徴について概要を述べたほか、研究(研究者)ができることについて著者の意見をお伝えしました。
以下のように3部から構成されている
「研究は日常的な現象に概念を与える」
社会や職場のなかで多くの人が経験している現象に名前を与える(概念化する)ことによりその存在を明らかにし、その現象の意味について理解を深めることができる、本書の表紙に書かれているキーワードが概念の例である
「研究は現象のメカニズムを明らかにする」
なぜそのようなことが起きるのか、どうすればそれを防ぐことができるのかなど、事柄の因果関係や影響関係をメカニズムとして明らかにするためには研究が必要である
「常識を疑い、その内容を精査する」
世間一般に広まっている常識も、研究をすることで信ぴょう性(その常識がどの程度正しいのか)を検証できる
第Ⅱ部 ゲストによる本書レビュー |
2つの面で本書は役に立った。
それ以外にも本書で女性のリーダーシップの研究を学際的に紹介している点は、現場の課題解決に有用な視点だと思う。
最後に最近のツイートの話題をひとつ。ガラスのメタファーのなかに「ガラスの崖」というのがあるが、Twitter社のイーロンマスクが次期CEOに女性を指名したことに対して、それは「ガラスの崖?」というツイートが海外で出回っている。こんなところでも本書が関係していると思った。
印象的だったことを3点ご紹介する。
以上から、人事、採用、組織開発の仕事をしている方だけでなく、D&I関連の部署の方にも役立つ。自分自身がリーダーとして仕事をしている方や、女性部下の育成をしている方にも一読をお勧めしたい。
第Ⅲ部 ゲストと著者による討論 「近未来の日本における女性とリーダーシップの展望」 |
討論の内容を以下に要約する。いくつかの問題点について、ゲストのおふたりからは現場の状況や実体験を語っていただき、宗方からは研究知見や海外の事例を紹介することで、活発な討論が繰り広げられた。
宗方 私が女性リーダーについて研究を始めた1980年から現在まで日本の女性管理職比率はあまり増加していないが、この点についてお考えをお聞かせください。
柴田 都会と地方の中小企業では状況がかなり違うと思う。愛知県では女性の流出が大きな問題となっていて、この地域の製造業では理系出身女性に限らず、そもそも女性社員が少ないため管理職にまでいく女性が殆どいない。働きたいと思える職場が少ない、風土的にも問題があるなど、仕事が面白いから管理職になりたいと単純に考えられない。それが今もぜんぜん変わってない。
田中 私も地域差はかなり大きいと思う。首都圏だとコロナ渦で大企業やスタートアップ起業では、テレワークやリモートワークがだいぶ増え、フルリモ案件(フルリモートで働く)が2倍になった。ただ、やはり地方では感覚が違う。日本での女性管理職の比率がほぼ変わっていないことには私も同感で、「女性リーダー3割」は夢のまた夢。女性リーダーを増やすためには働く環境面も大きな要素である、と本書で指摘されているが、リモートやフレックスタイム、短時間勤務制度を充実させることが、女性リーダーを増やすことに繋がっていくと感じている。
宗方 本書の中で長時間労働がネックだと書いたが、一律に労働時間を引き下げるというよりは、個々人の都合で労働時間を決めることのできる制度がよい。オランダでは労働時間調整法が20年前に整備され、労働者の権利として自分で労働時間を決めることができる。短時間労働でも正社員であることが日本とは決定的に異なる。その後、フレキシブル労働法へと進化し、働く場所も労働者が決めることができるようになった。今では、全てリモートあるいは全て職場という選択も可能だ。
田中 海外のパートタイムは労働時間が短い正社員だという話が印象的だ。日本では女性と非正規雇用があまりに強く結びついていることが、女性管理職や女性リーダーが増えない理由のひとつだと思う。
柴田 同一労働同一賃金という法律があるから、短時間労働が認められてもよいのに、長時間働いてくれる人が労働効率がよい、生産性が高い、管理しやすいといった複雑な要因がからみあっている。もう1点、女性自身が自分は管理職やリーダーに向いていないと考えているという問題も根強いと感じる。日本で14%くらいしかいない女性管理職は殆どがスーパーウーマンなので、若い人がロールモデルにしにくい。男性管理職は母数が多いため様々なタイプがいるのに、女性は(ごく限られた)女性の管理職をロールモデルにしても「私はあんな人のようにはなれない」と考える。
田中 ある研究で、女性管理職は子どもがいない割合が高いというのを見たが、そういう人しか管理職になれないのかと思いがち。女性管理職の在り方自体が多様化するとよい。
宗方 本書でも紹介したが、女性管理職の方が長時間労働になっているという研究データもある。女性は自分が長時間働くことで会社への忠誠心を表しているのではと、その研究は考察している。
柴田 「うちの会社では無理です」という会社が多いが、そういう場合では特別に優れた人しか管理職になれないとは考えないよう助言している。
田中 女性の多くは「リーダー」という言葉に対して抵抗感があるようだが、それは日本人だからなのか女性だからなのか。本書で、リーダーはプロセスなので誰でもリーダーとしてリーダーシップを発揮するものだと説明されているが、なかなかそういう認識を持てず、リーダーはすごい人、私はすごくないからリーダーじゃないと思い込んでいる人も多い。
宗方 シェリル・サンドバーグさんの著書(『LEAN IN(リーン・イン) 女性、仕事、リーダーへの意欲』)を読んで、アメリカでも女性はリーダーになることに抵抗があると書かれていたので非常に驚いた。リーダーになると威張っていると思われるから嫌だと思う女性が多いという。もう1点、聞きたいことがある。今は若い世代の考え方が相当変化していると感じるので、世代が交代したら社会が変わるのではないかと私は考えているが、そのあたりはどうか。
田中 Warisで提供している人材サービスへの登録者は10年前は全員女性だったが、現在では男性が2割くらいになっている。女性と同様に育児を大切にしたいと考えて、リモートワークやフリーランスを選ぶ男性は増えている。したがって、フレキシブルワークは女性だけが望んでいるということではないと感じている。男性育休も整備されつつあるので、ここ5~10年くらいで大きく変化するのではないかという期待をもっている。
柴田 私もそう思う。30代の人と話すと考え方が非常に軽やかで、柔軟な人の割合が増えている。都会に行けば行くほど、夫婦で育休を取っていたり、子育ても仕事も状況に応じて分担するなど、とても自然に男女が対等に暮らしている層が増えてきたと感じる。
コロナ禍の影響で若い人の労働観が非常に変化し、働き方が柔軟ではない会社は避けようと考える若い人が増えている。労働人口が減少して若い人材の確保が難しいことが骨身にしみている企業は、そういう若い人の意識に適応しないと生き残れないと考えるようになっているので、変化は進むと期待している。
【質問1|R.N 21:15|】
未読で申し訳ありません。ある調査で、中学校の生徒会長は男子生徒が圧倒的に多いという結果を見ました。その点、先ほど世代差とありましたが、若い世代であっても「男性が代表」という傾向があるように感じます。これは親世代の男女の力関係を見てきたからなのでしょうか、または、教育現場に何らかの原因があるのか、どのように考えたらいいか、何かヒントになるようなお話、データがあればご紹介いただければ幸いです。
宗方 教育関係の方からは、今は女子の方が元気でそれほど男子ばかりがトップになるわけではないと聞いたことがある。しかし地域や学校によるかもしれない。教育現場の研究では、授業中に挙手している生徒に対して教師は無自覚に男子生徒を指名することが多いというものがある。男子に期待するという意識がどこかにしみ込んでいると思われる。教師だけでなく、親も男子には将来性を高く期待しがちであると研究は示している。
柴田 職場でよくあるのは、女性には管理職になりたいか意向を聞くが、男性には聞かない。男性にとって管理職になることは当たり前のことで拒否する余地がないのに、女性にとっては拒否できるという点で、暗黙のポイントが全然違う。期待値の違いという意味では私も田中さんと同じことを感じる。
田中 私は、女性の生きづらさと男性の生きづらさは重なっているように感じていて、女性が能力発揮しきれないと思っている裏返しで、男性も縛られているという状況があると思う。本書の最後の方で今後の展望として書かれているように、女性が能力発揮できる社会は誰もが能力発揮できる社会なので、女性だけを見るのではなく、男性も含めてみんなが能力発揮できる社会を目指していくのが重要なのかと思う。
柴田 職場では男性はきつい仕事をあてがわれ女性は優遇されがちだが、メンタルの強さは個人差なので男女ではなくできる人がすべきだと思う。
トークライブ終了後に調べたところ、全国的には中学校・高等学校の生徒会長は男子が多いことがわかりました。地域によって大きな差があり、男女半々に近い地域もあるようです、以下の記事を見つけました。
年齢上がるにつれ「生徒会長は男」 残念な大人の縮図:朝日新聞デジタル(2021年3月10日)
【質問2|R.T 21:12|】
すみません、本は未読です。先ほどのお話ですが、オランダで労働時間調整法のもと働く、短時間勤務の正社員と長時間勤務の正社員とでは、給与その他の待遇の違いはないのでしょうか。同じだと不満も出るような気がします。また、雇用する側の立場からすると、正社員として雇用することによる会社側の負担の大きさを考えてしまうところもあります(社会保険の事業者負担など)。海外ではそのあたりのハードルが低く、正規雇用しやすかったりなどあるのでしょうか。
宗方 給与は労働時間に合わせて支払われるが、社会保障の面や将来の待遇面での差はない。短時間勤務を選んだ人が不利になることはないのが特徴である。そのようなやり方は雇用者にとって負担が大きいが、労働者の権利なので雇用者はさまざまな工夫をしているのが現実だ。オランダ国民の生活満足度は高く、この制度に対する雇用者の不満は出ていないようだ。
オランダの労働時間調整法に興味のある方は、こちらの文献をご覧ください。
オランダの労働市場|日本労働研究雑誌 2018年4月号(No.693)
【ライブ中にお答えできなかった質問|E.S 21:16|】
日本人のリーダーシップキャパシティはどうしたら高くなるのでしょう。フリーライダー気質をどうにかしないといけないのかなー。教育ですかねー。
時間の都合でリアルタイムでお答えできず大変申し訳ありませんでした。宗方が回答いたします。
昨今の話題として、日本ではリーダー役割を率先して担う人材が少ないことから、リーダーシップキャパシティの拡大が求められているのを耳にします。もともと日本では上位下達やトップダウンを受け入れる傾向がありますが、これからの厳しい社会を生き延びるためには自分で考え、判断し、取捨選択する力がこれまで以上に求められると思います。
東京大学の本田由紀氏は、仕事と社会のリアルをしっかり理解させることから始まる、中学段階からの「仕事を視野に入れた教育」が必要であることを強調しています(ちくま新書シリーズ『教育の職業的意義 ―若者、学校、社会をつなぐ』本田由紀 著、2009刊行、筑摩書房)。この土台があってはじめて、職場や地域社会で誰もがリーダーになることの必要性も伝わるのではないでしょうか。
柴田 こういう話題は感情論で語られがちなので、きちんと土台のある文献があり、それをもとに色々な場所で語れたらいいと思っている。
田中 アカデミックな領域と我々のような事業サイドが、問題を一緒に解決していくことが大切なのだと改めて思った。アカデミックな話から多くの気づきがあり、自分たちの課題も整理されるので、行ったり来たりしながら、ビジネスの課題を解決しより良い社会を作っていきたい。
宗方 本日はゲストのおふたりには貴重なお話をたくさんしていただき、ありがとうございました。この討論を通して、研究と現場がもっと交流し合って日本の社会を良くしていきたいと改めて強く思いました。