トラウマ後の成長と構成主義心理学
Posted by 22.07.29

今回は構成主義から「トラウマ後の成長」にアプローチします。

 

 

トラウマ後の成長とは

 

アメリカの臨床心理学者リチャード・テデスキ(Richard G. Tedeschi)と心理学者ローレンス・カルホーン(Lawrence G. Calhoun)は、子どもの死、配偶者や親の死、戦争経験、事故、災害、末期疾患、慢性疾患、離婚、性的暴行、失業といった、人生におけるさまざまな困難に遭遇した人々にインタビューを行いました。その結果、多くの人が喪失、暴力、恐怖など、トラウマの原因となる世界観が崩壊するような耐え難い出来事と戦った後で、ポジティブな心理的変化や成長を経験することを研究で明らかにしました。

 

1996年、このサバイバーの成長過程と能力を、心的外傷後成長(PTG:Posttraumatic Growth)と名付け「危機的な出来事や困難な経験との精神的なもがき・闘いの結果生ずるポジティブな心理的変容の体験」と定義、PTG評価尺度も考案しました。PTGはトラウマ後の人生の影響における個人の変容を調査するためにテデスキとカルホーンが開発した研究分野です。

 

このようなトラウマ後の成長は、歴史上のストーリーや身近な人々の営みの中で経験的に知られており、さらには芸術・文学作品などでも触れることができますが、精神医学や心理学の研究テーマとして認知されたのは、わずか30年程前のことです。

 

 

 

 


著者紹介

◎写真右:リチャード・テデスキ(Richard G. Tedeschi) ノースカロライナ大学シャーロット校 心理学名誉教授/臨床心理学博士/ノースカロライナ心理学会(NCPA)会長/死別とトラウマを専門に遺族のための支援グループを20年以上運営、トラウマとレジリエンスに関するアメリカ心理学会のコンサルタント/米陸軍の包括的フィットネスプログラムの専門家/メアリーG.クラーク賞受賞

◎写真左:ローレンス・カルホーン(Lawrence G. Calhoun) ブラジル出身/心理学博士/バンク・オブ・アメリカ教育優秀賞、ノースカロライナ大学理事会の教育優秀賞受賞/ファーストシチズンズバンク奨学生メダルを獲得

共に心的外傷後成長(PTG)に関する研究と理論の先駆者の第一人者であり、PTGの共同研究を行う傍ら共著を出版。トラウマと変容(1995)、心的外傷後成長(1998)、心的外傷後成長の促進(1999)、 遺族の両親の支援:臨床医ガイド(2004)、心的外傷後成長ハンドブック(2006)。最新の著書は 心的外傷後成長:理論、研究、そして応用 (2018)。

 


 

 

心的外傷後成長ハンドブック ー耐え難い体験が人の心にもたらすもの

 

テデスキとカルホーンはPTGに関する共著を多数出版しており、2006年の著書「Handbook of posttraumatic growth -Research and Practice2014年に日本語訳でも出版されており、PTGの入門書として知られています。(宅香菜子、清水研 監訳/医学書院)

 

訳者の宅香菜子氏は、PTG研究の第一人者として知られる心理学博士・オークランド大学心理学部教授。テデスキとカルホーンが在籍するノースカロライナ大学シャーロット校の心理学部客員研究員(2005年)を経て現在に至る。清水研氏は、精神科医・医学博士、がん研有明病院 腫瘍精神科部長。2003年国立がんセンター東病院精神腫瘍科レジデント以降、一貫してがん患者およびその家族の診療を担当しており4000人以上のがん患者およびその家族との対話経験を持つ。

 

 

 

 

 

 

 

どのようにトラウマ後の成長は起きるのか?

 

下図は、「心的外傷後成長ハンドブック」で紹介されているPTGが生起するプロセスを示したモデルです。

このモデルのポイントをまとめると次のようになります。

 

  • ある出来事が本当にトラウマ的か否かを見極める1つの方法は、それがその人の既存の語り(ナラティブ)をどの程度破壊したかを見ること
  • 「反すう」は一般的にはネガティブな意味をもつが、このモデルでは単に「頭の中で何度も考えること」として使用され、回想や問題解決、意味を見出そうと努力することと解釈される。このように反すうを認知活動と同義に捉えるとき、反すうはPTGの程度と関連する
  • 重要な他者が自己開示を肯定的に受け入れてくれるとPTGが生じやすくなることが分かっている
  • トラウマ後の認知的課題を克服するうえで、人生における語り(ナラティブ)をどう再構成するかという事は必須の要素となる

 

 

 

 

語ることがトラウマ後の成長を促す

 

テデスキとカルフーンは初期から、PTGにおいて語り(ナラティブ)の役割に注目しています。喪失や死、暴力、恐怖など大きなトラウマの原因となる耐え難い出来事を経験することは、そもそも自分の人生への捉え方や個人の世界観などナラティブの土台となる部分をゆさぶり、深刻なダメージを与え、破壊します。ズタズタになった世界観を立て直し、新しい人生における語り(ナラティブ)を作り出すことができたなら、人は成長という方向に向かうことができるかもしれないという仄かな可能性が生じます。

 

心的外傷後成長ハンドブックの第4章「失ったものについてもう一度語ること 心的外傷後のナラティブのなかで育まれる成長」で、PTGを促す語り(ナラティブ)の役割について詳しく取り上げています。この章は、コラム「サビカスが影響を受けた構成主義心理学者 vol.2」でもご紹介したロバート・ニーマイアーが執筆しています。このように構成主義心理学者たちは、互いの研究を通して連携し合っていることが興味深く面白いです。ニーマイアーは、自己の語り(ナラティブ)の混乱こそがトラウマや喪失の本質であり、悲劇や変化について公的または私的に語ることが、トラウマ後のレジリエンスや修復、さらにそれを乗り越えることと関連していると述べています。

 

レジリエンスと構成主義心理学のコラムはこちらから

 

 

 

概念が存在することの意味

 

トラウマ後の成長という現象は、有史以来さまざまな人間の営みのなかに見うけられたことがらです。しかしテデスキとカルホーンがPTGという言葉を提唱したことにより、研究者だけでなく多くの人がこの現象に注目し、勇気を与えられました。このポジティブな概念によって、人間はたとえ耐え難い出来事に遭遇してもダメージを受けるだけではなく、それをバネにして成長する可能性があるのだという新たな認識が生まれ、前向きな気持ちになる人は多いと思います。親や教師も子どもたちに期待や信頼を強めることになります。そしておそらく、多くの人がそれに励まされて、実際に成長の道のりを辿ったことでしょう。

 

 

これまでのコラムを通して繰り返しお伝えしているように、言葉を用いて私たちは自分自身を表現し構成します。ですから、レジリエンスやトラウマ後の成長といったポジティブな概念を提唱することの意義と影響力は、計り知れないほど大きなものがあります。私たちが日常的に無自覚に使っている言葉にも、実は自分を方向づける力が潜んでいるかもしれません。自分自身がどのくらい否定的な言葉と肯定的な言葉を使っているかということにも、目を向けてみてはいかがでしょうか。

Categories: COLUMN

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