レジリエンスと構成主義心理学
Posted by 22.06.13

今回のテーマ「Resilience;レジリエンス」はキャリアやビジネス分野でも注目されており、一般的に「回復力・復元力・弾力」と訳されています。心理学では困難や脅威に直面している状況に対して、「うまく適応できる能力」「うまく適応していく過程」「適応した結果」つまり、自己回復力とそのプロセスとされており構成主義とは非常に親和性の高いテーマです。

 

構成主義心理学者のドナルド・マイケンバウム(Donald Meichenbaum, 2017)も、ストレスに圧倒されそうなときにそれを「跳ね返す(Bounce back)能力を反映したプロセス」であると定義しています。人は回復のためのストーリーを他者に語る、または自分自身で語ることによって自己回復力を育み、PTSD(Post Traumatic Stress Disorder;心的外傷後ストレス障害)の症状を低減させ、PTG(Posttraumatic Growth;心的外傷後成長)へと至るケースがあることを臨床例から実証しました。

 

レジリエンスの概念は、問題のある家庭環境でも、良好な発達適応をとげた子どもがいることを明らかにした研究から提唱されたものです。そこで今回のコラムでは、1993年に出版されたスティーブン・ウォーリン、シビル・ウォーリン著の「サバイバーと心の回復力  ―逆境を乗り越えるための七つのリジリアンス」を紹介します。

 

 

 

 

 

THE RESILIENT SELF

人生の初期に苦しめられた困難から回復する力

 

本書は、アメリカの精神科医と発達心理学者のウォーリン夫妻が、子ども時代の虐待経験を乗り越えた25人のサバイバーを対象に行なった研究を紹介しています。インタビューで彼らが語ったストーリーを基に、問題のある家庭の中で生き抜くために用いた戦略を7つのリジリアンス因子として抽出しています。これらはサバイバーたちが子ども時代から成人するまでを振り返ったときに浮かび上がる、自己回復力として共通する要素といってもよいでしょう。ウォーリン夫妻によるリジリアンスの定義は、「人生の初期に苦しめられた困難から回復する力」です。

 

 


著者紹介
◎Steven J. Wolin ジョージワシントン大学医学部 精神医学教授/同大学家族研究センター研究員・家族療法トレーニング指導者/医学博士 

◎Sybil Wolin バージニア州  親教育擁護訓練センター(PEATC)教育コンサルタント/小児発達学博士/哲学博士/40年にわたりschool failureを経験した子どもとその家族を専門に治療を行なっている

夫婦共同で家族療法専門の精神科医としてレジリエンスプロジェクトを創設、チャレンジ・モデルに基づく治療実践やカウンセリングを行っている


 

 

翻訳はナラティヴ関連の執筆や翻訳を多数手がけている小森康永氏(精神科医/愛知県がんセンター精神腫瘍科部長)と奥野光氏(翻訳家/ナラティヴ・セラピスト/二松学舎大学学生相談室カウンセラー:臨床心理士)です。訳者あとがきによると2002年に出版された当時、「Resilience;リジリアンス」をテーマにした最初の日本語訳本になるそうです。最近では一般的な訳語として「Resilience;レジリエンス」で定着していますが、ここからは引用書籍に合わせて「リジリアンス」を用いることにします。

 

 

 

 

 

虐待の世代間伝播という思い込み

 

児童虐待が世代間伝播されやすいという仮説は、世間あるいは専門家の間でさえ強く信じられてきました。ウォーリン夫妻はこの世代間伝播の前提を受け入れることに対して反論するとともに、危険性を警告しています。

 

「子ども時代に虐待を受けた人は自分の子どもにも同じように虐待する、そしてそれは何度もくり返すだろうと言われてきたために、虐待の世代間伝播が予言の自己成就となっている人もいます。一方、悪循環から抜け出した人の多くも時限爆弾を持ち歩くような感覚を持ち続けています。」

 

思い込みが学問の進歩を遅らせることがあります。虐待の世代間伝播という仮説も虐待の原因理解における進歩を遅らせ、誤った治療や社会政策をもたらしたと言われています。ダメージ・モデル:幼少期に受けたダメージが生涯にわたって人間の成長を阻害する/悲惨な経験をした子どもたちは一生ダメージを受け続けるという人間観が、長期にわたり精神医学や心理学の分野における進歩を遅らせてきました。

 

 

 

 

 

ダメージ・モデルからチャレンジ・モデルへの転換

 

ウォーリン夫妻は臨床実践を通して、従来の心理学や精神医学が採用してきたダメージ・モデルでは治療が成功しないことに気づき、このモデルを批判しました。

 

ダメージ・モデルの問題点
  • アダルトチルドレンが現在において良好に生きるための課題や機会を見逃し、過去に受けた傷に焦点を当てる
  • アダルトチルドレンが過去の苦しみや痛みに縛られ、変えられない過去と同様に将来も変えられないと無力感を持ち続ける
  • アダルトチルドレンの自己回復力を想定しない上に、家族の問題の世代間伝播を前提としている

 

 

ウォーリン夫妻は、過去に苦しめられたことについて、自身が「犠牲者」とラベル付けすることを避けるようメッセージしています。

 

「過去に受けた傷に縛られたままでは、トラウマは誇張され自身の欠点や弱点に夢中になってしまいます。人生の変化や成功に対して満足できず、回復するための機会は、小さな間違いを見つけては変えられない過去について家族を非難することに使い果たされてしまうからです。」

 

 

 

 

チャレンジ・モデルの誕生 

痛みを喜びに変える方法を見つける挑戦をする

 

アルコール依存症の親をもつアダルトチルドレンの中に、良好な発達適応をとげている人がいることを発見しました。この気づきがヒントとなり、ダメージ・モデルの代替としてチャレンジ・モデルを提唱しています。チャレンジ・モデルとは、困難を経験したことは挑戦への機会となりその後の人生における課題解決能力を高める可能性がある/傷つきから人は成長することができるという人間観です。こうした人間観に基づいてアダルトチルドレンと接することで、彼らの逞しさや成長可能性が見えてきます。

 

良好な発達適応をとげているアダルトチルドレンの特徴
  • 自分自身の力強さを見つけ自己を確立した
  • 親のライフスタイルを慎重にそして徹底的に改善した
  • 問題の少ない家庭で育った健康的な異性を、結婚相手として意識的に選んだ
  • 嫌だった自分の家庭環境(不健康で不規則な食事、お祝いや旅行など楽しい家族行事がないなど)の記憶を打ち消した

 

 


 

■ダメージ・モデル図
幼少期に受けたダメージが生涯にわたって人間の成長を阻害する/悲惨な経験をした子どもたちは一生ダメージを受け続けるという人間観

 

ダメージ・モデルでは、子どもは傷つきやすく無力で家族にがんじがらめになっています。家族の有害な影響に対して払った代償(ダメージや屈服など)は確実に子どもの健康を害し、病理的な範疇の問題行動や症状をきたします。思春期や成人ではさらに上乗せされていきます。

 

 


 

■チャレンジ・モデル図
困難を経験したことは挑戦への機会となりその後の人生における課題解決能力を高める可能性がある/傷つきから人は成長することができるという人間観

 

チャレンジ・モデルでも問題の多い家族はダメージ・モデル同様、子どもにとって危険をはらんでいますが、子どもと家族が関わり合うとき2つの力が相互作用するとされており、成長の機会とも考えられています。

 

 


 

 

 

 

 

リフレイミング 

逆境を長所の発掘や成長の機会に変える

 

リフレイミングとは、ある具体的な状況に対する概念的・感情的な捉え方を変化させることです。それまでの否定的な捉え方を中立的あるいは肯定的な方向へと変える、問題解決のための変化の理論です。ウォーリン夫妻は「古いストーリーの中に隠れた新しいテーマを明らかにすること」と唱えています。

 

「私たちの人生はストーリーです。(中略)作家として私たちは自分の思うままに台本と登場人物を決めることができるからです。さまざまな込み入った経験から、私たちはひとりひとり自分たちに意味のある出来事を選択し、それらを自分が何者であるかという内的イメージに合うように解釈していきます。そうして私たちを定義するプロットの細部(問題、長所、可能性)を調整するわけです。一方、私たちが書くストーリーは、私たちがどのように感じ振る舞うかということに対して大きな影響力を持っています。私たちがストーリーを構成すると同時にストーリーが私たちを構成していくわけです。」

 

 

 

 

 

 

7つのリジリアンス

 

ウォーリン夫妻は25人のサバイバーへのインタビュー調査から、困難な過去を乗り越えるための回復力を導き出しました。過去は傷跡を残し、そこには絶望と希望、無力感と決意、恐れと勇気が混在する場所でもあります。人生最悪の記憶のなかにあるリジリアンスの小道をたどりながら、どのように自分らしく誇らしい人生として再構築できるかを示します。それは「洞察」、「独立性」、「関係性」、「イニシアティブ」、「ユーモア」、「創造性」、「モラル」の7つの要素で構成され、それぞれの回復力は発達段階に応じて展開すると考えられています。

 

 

洞察 INSIGHT

自問自答をする習慣/自分を客観視すること

 

独立性 INDEPENDENCE

問題を抱えた親と自分との間に境界線を引くこと(親離れ)/親から精神的・肉体的に距離を置く

 

関係性 RELATIONSHIPS

他者との親密で充実した結びつき/自分にも他者に対しても思慮分別を持つ

 

イニシアティブ INITIATIVE

自発的に問題解決に当たること/問題の主導権を握ること/試行錯誤を繰り返しながら自らを成長させること

 

ユーモア HUMOR

悲劇的なものの中に滑稽さを発見する/つらい現実を何でもないことにする

 

創造性 CREATIVITY

困難な経験や苦痛の混沌に、秩序・美しさ・目的を課す/何でもないことを価値あるものにする

 

モラル MORALITY

良好な人生への願いを、個人から全人類へ広げる道徳観

 

 

「リジリアンスは性格タイプにより分類される傾向があります。たとえば、外向的で社交的なサバイバーと、真面目で内省的なサバイバーとでは回復力の種類が異なります。また、過去を完全に断ち切って7つすべてを主張できるサバイバーはほとんどいません。回復力と脆弱性が着実に対立しており、一方はあなたを支え、もう一方はあなたをあなたを引きずり降ろそうとするのです。典型的なサバイバーの内面は落胆の力と決意の力が絶えず衝突する戦場ですが、多くのケースで決意が勝ります。」

 

 

サビカスを始めとする構成主義心理学者の主張と同様、ウォーリン夫妻も「過去を変えることはできないが、過去をどう理解するかは変えられる」と考えています。私たちの過去は、語るたびに変わる生きたストーリーであり、自分のストーリーをリジリアンスの周辺に組み立てることも、ダメージの周辺に組み立てることもできます。

 

 

「あなたのリジリアンスを探しに出かけましょう。問題を抱えた親を出し抜いた時を、上手く立ち回った時を、生き延びた時を探してみてください。最悪な過去から掘り起こした尊厳を見つけましょう。その発見の過程で、私は多くのサバイバーが自己不信や痛みを、自尊心や長所といった新しい自己認識に置き換えるのを見てきました。きっとあなたにもできるはずです。」

 

 

 


 

さいごに

 

私にとって本格的なリジリアンスの学びは2005年頃、小森先生のワークショップが最初でした。リジリアンス研究のルーツといわれる発達心理学者ワーナーと臨床心理士のスミスによる35年にわたる縦断研究についてかなり詳しく紹介してくださり、先生ご自身も驚く研究結果に私も目からウロコ状態でした。

 

 

ダメージ・モデルからチャレンジ・モデルへの転換は、一般的には不安や抑うつなどのネガティブな心理的変化やその改善に焦点をあてた「疾病モデル」から「健康モデル」への転換として位置づけられます。私の専門である心理学の分野では、現代心理学がスタートした19世紀末以来、およそ1世紀にわたりダメージ・モデルが主流でした。いかに人間が傷つきやすいか、ダメージを受けやすいかに焦点が当てられ心理学の使命はストレスやダメージをできる限り縮小することにありました。ベネフィット・ファインディング(benefit finding):困難を経験することで人生の意味や価値を見出し成長や生き方の変化をもたらすという概念は21世紀に入ってようやく出現したのです。

 

このパラダイムシフトに大きく貢献したと考えられているのはポジティブ心理学ですが、それ以前から成長可能性に対する構成主義の人間観は地下で根を育てていました。近年非常に多くの研究を生み出しているリジリアンスやPTG(Posttraumatic Growth;心的外傷後成長)という概念の生成に、構成主義心理学者たちが大きな役割を果たしてきたのです。

 

 

次回は構成主義の視点から、心的外傷後成長(PTG)についてアプローチしたいと思います。ご期待ください。

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