サビカスのキャリアカウンセリング実践例
Posted by 22.05.23

今回はサビカスのキャリアカウンセリングを実践している研究者を取り上げてみました。「痛みを希望に変える – Turning pain into hope- 」のジェイコブス・マリー博士です。

 

 

 

南アフリカの心理学者ジェイコブス・マリー博士は、サビカスのナラティブアプローチを用いて青少年の生き方を支援するためのキャリアカウンセリングを実践しています。

 


JacobusKobusGideon Maree 1957年生まれ

南アフリカ共和国 プレトリア大学 教育心理学教授。主要な研究テーマは、キャリア構築カウンセリング、ライフデザイン、定性的および定量的研究の統合情動知能など。

 

受賞歴(一部抜粋)

2014年 南アフリカ心理学会の科学優秀賞

2017年 南アフリカ心理学会のフェロー賞受賞(人生で心理学に並外れた貢献をした人を表彰する生涯賞)など

出典:https://www.researchgate.net/profile/Jacobus-Maree


 

 

 

 

 

痛みを希望に変える –Turning pain into hope-

 

マリはキャリア教育やキャリア支援に関する書籍や論文を多数発表しています。そのうちの1「キャリア構築のためのカウンセリング ライフポートレートの構築にライフテーマを結びつける:痛みを希望に変える」です。私がこの本に出会ったのは出版されて間もない2013、副題にあるTurning pain into hopeはまさに構成主義に根差した発想であり、マリの考え方とその実践内容に心から感動しました。

 

 

 

課題解決の一歩は初期記憶にフォーカスすること

 

幼少期から、貧困、暴力、病気などの脅威にさらされながら生きてきたにとって、自分のキャリアを自らの力で切り拓くという課題達成することは容易ではありません。マリはこの課題達成の支援に際して、5つのキャリアストーリーインタビューの5つ目、初期記憶、つまり「幼い頃の思い出」が重要な役割を果たすと考えています。幼い頃の思い出はクライアントのライフストーリーを特徴づける出来事ほど、より連鎖することが多いからです。同じパタンのストーリーを繰り返すことにより、クライアントの過去の経験を通して自身に警告を与え、慰め、達成すべき目標にかうための準備を整えることで、より良い将来の実現に役立つというサビカスやアドラーの視点をマリは踏襲しています。

 

マリのキャリアカウンセリングでは、幼い頃の思い出に埋め込まれたクライアントの「痛み」を識別し、初動は「癒し」と「幸福」へ向かう道を、最終的には「社会貢献」へと転換する方法を見つけさせますクライアント自身に見つけてもらうことで、受動的に苦しんできた自身の「痛み」を能動的に克服することができるからです。

 

貧困、暴力、病気など大きな困難を経験した人が、同様の脅威や困難な状況にある人を支援する職業に就こうとすることは、広く社会に認められる現象です。彼らは自らの痛みを通して他者の痛みに共感し、他者の痛みを取り除く仕事に懸命に取り組むなかで、他者を癒し最終的には自らを癒すことになるでしょう。その時、彼らの「弱みは強み」へ「挫折は達成」へ「苦しみは喜び」へ「敗北は勝利」へと転換されるのです。

 

カウンセラーは、クライアントが人生の転機をうまく乗り越えられるように支援し、クライアントが自分を保ち、癒し、培い、育てるためにストーリーを用いるように導く必要があります。

 

 

 

 

 

 

 

意識上の知識と無意識の洞察を結びつける

 

カウンセラーあるいは研究者が、自分自身の生い立ちや経験を掘り下げて語ることは珍しいことですが、2020年に出版された書籍「自己とキャリアを構築するためのカウンセリング意識上の知識と無意識の洞察を結びつける」で、マリは自身の人生で最初の記憶について以下のように語っています。この初期記憶は、彼のキャリアカウンセラーとしてのあり方を解釈しているだけでなく、人がどのように仕事を通して人生を意味深いものにするのかを示しています。

 

 

マリ自身の人生で最初の記憶

 

1963年、私が6歳のときのことです。両親とともに南アフリカの北ケープ州ホルパンという貧しい地域で、賃貸住宅に暮らしていました。母親は英語を話すレバノン人、父はアフリカーンス語を話すアフリカーナで小さな学校の校長をしていました。アパルトヘイト絶頂期の当時、少数派に属していた私は分離・疎外された人々や貧困層の間でそこが自分の居場所だと感じていました。一方で、この多人種・民族国家の中でどの人種集団にも帰属意識が持てず、いつも部外者のような気持ちでした。

 

私が暮らす村では多くの女性たちが葡萄畑で働いており、仕事帰りの女性たちは籠を頭に載せて歩いていました。私はいつもあの籠には何が入っているのだろう、頭を傷つけたりしないのだろうかと気になっていました。そこである日ちょうど出会った女性に、「その籠には何が入っているの?頭は大丈夫?」と尋ねました。その女性は微笑みながら、「重いものを運ぶのは慣れているから大丈夫よ」と言いながら籠を下ろし中を見せてくれました。そして驚いたことに、籠の中にあった美味しそうな葡萄を私に2差し出しました。それを受け取るのは気が咎めたので断ったのですが、その人はどうしてもという感じで私の手に葡萄を持たせたのです。私はお礼を言って彼女が立ち去るのを見送りました。

 

私は家に戻るとすぐに母に今の出来を話し、葡萄を渡しました。母は私がなぜ女性から葡萄を貰ったのか理解しましたが、何かを受けるよりは与えるほうがずっと良いのだということを優しく諭しながら次のように言ったのです。「その女性はこの辺りに暮らすたちと同じようにとても貧しい暮らしをしているのではないかしらそれでもあなたに葡萄を分けてくれたのは、すごく大変なことなのに素晴らしいわ。彼女のために少しの食べ物と日用品を用意するから、明日それをプレゼントしなさいね。」母はわずかな家計の中から贈り物を用意してくれました。次の日、私がその女性にプレゼントを手渡すと彼女は感謝をこめてお礼を言ってくれました。その控え目なありがとうの言葉は深く私の心に残り、その後の私の行動を方向づけることになったのです。

 

 

 

他者を癒すことが、最終的には自らを癒す

 

私はこの幼い頃の出来事をきっかけに貧困に苦しむ人々や不利な立場にある人々に対し、自分にできることはないかと考えるようになりました。彼らを手助けするようになり、今では性別も肌の色も年齢も関係なく、困難な状況にある人々へとますます惹かれていくようになりました。

 

その後、私は網様体賦活系(RASReticular Activating System)という脳の機能について学びました。この機能を簡単に言うと、「自分にとって必要な情報、たとえば関心事や好奇心に関することだけを脳にインプットするフィルター」のような役目をしているものです。たとえば、赤い車が好きな人は雑踏でもその車をつい発見してしまう、などのように。

 

私が人生で大きな困難を経験している人々になぜ惹かれ続けてきたのかを、この「脳RAS機能」がある程度説明してくれます。私は意識的にも無意識的にもそういう人々に対して敏感にづき、彼らの状況を改善する方法を見つけようとします。そして、彼らが苦しみや困難から回復し、人生が前に進むきっかけや変化が起こるたびに、彼らが感じる癒しや喜びと同等の喜びを私も感じてきたのです。

 

 

 

 

 

最後に

 

現在の南アフリカは人種差別が撤廃され、アフリカで最も有望な新興経済大国として急成長を遂げました。ですが依然として経済格差、教育格差は埋まらず機会の不平等、貧困、暴力、病気の脅威など多くの問題が横たわっています。マリー博士はサビカスのナラティブキャリアカウンセリングを用いて、この国でどのように青少年の人生を支援できるのか挑戦しています。

 

もちろん、これは辺境での特殊な活動に限った話ではありません。日本でも社会課題のひとつとなっている貧困問題が、子どもや若者に与える影響は顕著であり、これらをはじめとした様々な問題を背景にした若者のメンタルヘルスは非常に深刻なものです。生い立ちや環境によって自分の道を自身で見つけて歩むことが困難な人々にこそ、キャリアカウンセリングが役立つということをマリー博士の活動からも学ぶことができるのではないでしょうか。

 

次回はさらに、困難からの回復というテーマを拡張し、構成主義あるいはナラティブからレジリエンス(回復力)にアプローチしたいと思います。ご期待ください。

 

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